要求と要件は違う|PRDの書き方と、AIに渡すときの作法
「予約できるサイトが欲しい」は要求であって要件ではありません。混同すると必ず作り直しになります。要求の掘り方、PRDで抜けると困る項目、AIに下書きさせる指示までまとめました。
「予約できるサイトが欲しい」。これは要求です。要件ではありません。この2つを混同したまま作り始めると、必ず作り直しになります。 この記事では、要求と要件の違い、そしてPRD(要件定義書)の書き方を、AIで自分でも作れる時代に合わせて整理します。
まず結論
要求は「誰が、なぜ、何に困っているか」。要件は「そのために何を作るか」です。
| 要求(Requirement) | 要件(Specification) | |
|---|---|---|
| 誰が言うもの | 顧客・利用者・事業側 | 作る側が定義する |
| 例 | 「予約の電話対応で手が止まる」 | 「Webから日時を選んで予約を確定できる」 |
| 変わりやすさ | 変わりにくい | 変わりやすい |
| 間違えたときの損失 | 大きい。作り直しになる | 小さい。直せばよい |
要求を確かめずに要件から始めると、正しく作られた間違ったものができます。
要求を掘る:なぜなぜではなく「いつ・何回」
要求を掘るとき、「なぜ?」を繰り返す方法が知られていますが、慣れないと誘導になりがちです。もっと確実なのは、事実を聞くことです。
- 1
いつ起きたか
「最後にその問題が起きたのはいつですか?」思い出せないなら、頻度が低い証拠です。
- 2
何回起きるか
「週に何回くらいですか?」数えられない問題は、優先度が低いことが多いです。
- 3
今どうしているか
「今はどう対処していますか?」代替手段があるなら、その不便さが価値の上限になります。
- 4
いくら払っているか
「その対処に、時間やお金をどれくらい使っていますか?」ここが価格の根拠になります。
「あったら便利ですか?」は聞かないでください。 ほぼ全員が「便利ですね」と答えます。判断材料になりません。
要求を1文にする
掘った内容を、次の形に落とします。埋まらない項目があるなら、まだ聞き足りていません。
【誰が】予約の電話対応をしている個人サロンのオーナーが
【いつ】施術中に電話が鳴ったとき
【何に困っている】手を止めて対応するため、施術の質が落ちる
【今どうしている】留守番電話にして、後でかけ直している
【その代償】1日30分のかけ直し作業と、取りこぼしが週2件
この形にすると、要件が自動的に決まってきます。 上の例なら、必要なのは「施術中でも予約が入る仕組み」であって、売上分析でも顧客管理でもありません。
PRDに書くこと
PRD(Product Requirements Document)は、作るものを定義する文書です。形式は自由ですが、次の項目が抜けると必ず後で困ります。
| 項目 | 書くこと | 抜けるとどうなるか |
|---|---|---|
| 背景 | 誰の、どんな問題か | 途中で「そもそも何のため」が迷子になる |
| 成功の定義 | 何がどうなれば成功か | 完成の判断ができない |
| 対象外 | 今回やらないこと | 際限なく機能が増える |
| 利用者の流れ | 使う人が何をするか(画面単位) | 実装時に解釈がぶれる |
| 扱うデータ | 何を保存するか | 後から作り直しになる |
| 制約 | 期限・予算・法令 | 実現不能な設計になる |
「対象外」を必ず書く
PRDでいちばん効くのが、この項目です。
## 対象外(今回は作らない)
・スマホアプリ版(Webのみ)
・複数店舗の管理(1店舗のみ)
・売上の分析機能
・キャンセル待ちの自動繰り上げ
・クレジットカード決済(現地払いのみ)
書いておかないと、必ず「これも入れられる?」が積み上がります。先に書いてあれば、「今回は対象外です」と一言で返せます。
「扱うデータ」を書く重要性
これは見落とされがちですが、後戻りが最も大きい項目です。
## 扱うデータ
予約
・予約者名(必須)
・電話番号(必須)
・希望日時(必須)
・人数(必須)
・備考(任意)
・キャンセル済みかどうか
保存期間: 施術日から1年
個人情報: 含む(氏名・電話番号)
最後の2行を必ず書いてください。 個人情報を含むかどうかで、必要な安全対策が変わります。ここを書いておけば、作る段階で「本人のデータしか見せない」設定を忘れません。
理由はAIでアプリができた!でも、そのまま公開して大丈夫?に詳しく書きました。
優先順位のつけ方
機能が多すぎるときは、**MoSCoW(モスクワ)**という整理が使えます。
| 区分 | 意味 | 判断基準 |
|---|---|---|
| Must | これがないと成立しない | なければリリースしない |
| Should | あるべきだが、なくても出せる | 次のリリースでもよい |
| Could | あれば嬉しい | 余裕があれば |
| Won't | 今回はやらない | 対象外に書く |
MustはPRD全体の2〜3割に収めてください。 半分以上がMustになっている場合、要求の絞り込みができていません。
もう1つ有効なのが、**「これがなくても、確かめたいことは確かめられるか?」**という問いです。答えが「確かめられる」なら、それはMustではありません。
PRDをAIに書かせるときの指示
ここからが、これまでと違う部分です。PRDの下書きはAIに作らせて、判断だけ自分でやるほうが速くなりました。
新規事業のPRDを書きたいです。下書きを作ってください。
わかっていること:
【誰が】(対象者)
【いつ】(問題が起きる場面)
【何に困っている】(具体的に)
【今どうしている】(代替手段)
【その代償】(時間やお金)
次の項目で書いてください。
・背景
・成功の定義(数値で測れる形にしてください)
・対象外(今回作らないこと)
・利用者の流れ(画面単位で)
・扱うデータ(項目名・必須かどうか・個人情報を含むか・保存期間)
・制約
わからない部分は、推測で埋めずに「要確認」と書いてください。
最後の一文が重要です。 これがないと、それらしい内容で埋められてしまい、確認すべき箇所が見えなくなります。
PRDから、そのまま試作品を作る
PRDができたら、それを渡して試作品を作らせられます。ここが、これまでと決定的に違う点です。
このPRDをもとに、検証用の試作品を作ってください。
本番で使うものではなく、10人に触ってもらうためのものです。
(PRDを貼り付け)
条件:
・「利用者の流れ」の中心となる1本だけを実装してください
・対象外に書いたものは作らないでください
・データの保存は Supabase、公開は Vercel で、無料の範囲でお願いします
・扱うデータに個人情報が含まれるので、
Supabase の RLS で、本人のデータしか見えないようにしてください
PRDが具体的なほど、出てくるものの精度が上がります。 逆に言えば、曖昧なPRDは、AIを使っても曖昧なものにしかなりません。
PRDの質は、AI時代にむしろ上がった
これまでPRDは、エンジニアに渡すための文書でした。曖昧でも、対話で埋められました。
今は、PRDがそのまま入力になります。 曖昧なまま渡すと、曖昧なものが出てきます。しかも速く出てくるので、間違いに気づくのが遅れます。
自分とAIでできることが多い
- 自分や友達だけで使うツール
- 学校や会社の中だけで使うツール
- アイデアを試すための試作品
- 利用者が少ない小さなサービス
専門家の知識が重要になる
- 他人の個人情報を預かる
- お金のやりとりをする
- 利用者が一気に増えたとき
- 動かなくなったときの復旧
PRDを書く力の重要性は、下がるどころか上がっています。
よくある質問
Q. PRDはどれくらいの分量が適切ですか? A. A4で2〜3枚が目安です。それ以上になるなら、対象範囲が広すぎます。
Q. 要求が固まらないうちに作り始めてもいいですか? A. 試作品なら構いません。 むしろ作って見せたほうが、要求が明確になることがあります。ただし本番は、要求が固まってからです。
Q. 成功の定義は、どう書けばいいですか? A. 数えられる形にしてください。 「使いやすくなる」ではなく「かけ直し作業が1日30分から5分になる」のように書きます。
Q. エンジニアにPRDだけ渡すのと、試作品も渡すのはどちらがよいですか? A. 両方渡すのがいちばん伝わります。 進め方はプロトタイプまで作って、あとはエンジニアに渡すにまとめました。
Q. 対象外を書くと、機会損失になりませんか? A. なりません。**対象外は「永久にやらない」ではなく「今回はやらない」**です。次のリリースで入れれば済みます。
まとめ
- 要求は「誰が、なぜ、何に困っているか」。要件は「何を作るか」
- 要求は意見ではなく**事実(いつ・何回・今どうしている・代償)**で掘る
- PRDで抜けると困るのは、対象外と扱うデータ
- 優先順位はMoSCoW。Mustは全体の2〜3割に収める
- PRDの下書きはAIに書かせ、**「わからない部分は要確認と書いて」**を必ず入れる
- 曖昧なPRDからは、曖昧なものしか出てこない。 PRDの重要性はむしろ上がった